スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

寂しいので嘘でもついてみよう。 ~真夏の夢~

この夏も、出会いもなく、休みもなく過ぎ去って行くので嘘でもついてみよう。

私は幼いとき、東京は練馬区北町という場所に住んでいたことがある。狭い団地住まいで、国道254号線を走る自動車の騒音を子守歌として育った。そんな私が6歳頃のときに体験した不思議な出来事。

夏だと思う。駅前の小さな神社で夏祭りがあった日の夜だと私は記憶している屋台がならぶ縁日で、私は何かおもちゃが欲しくて駄々をこねたのだけど、母はそれを許さず、泣く泣くあきらめたのを覚えている。家に帰り、食事をして私はすぐに寝た。

夜中に目が覚め、トイレにいった。自分の布団に戻るとき、ふと街道沿いのカーテンに赤い光がゆらゆらと揺れているのを見た。正確にはカーテンとカーテンレールとの隙間から光が漏れていた。カーテンをそっと開くと、四六時中、車の行き交う街道には、一台の車もなく、それどころか見慣れた街並みがすべてなくなっていた。
見慣れた自動車の光はなく、ただ夜空にぽっかりと浮かんだ真っ白い半月、そして、文字通り降り注ぐような星空が見えた。街道はアスファルトで舗装された路ではく、踏み固められた土の道となっており、コンクリートの塀やビルは、林になっていた。私は驚きのあまりに声も出ず、ただただ、その眺めに見入っていた。

窓を開け、小さなベランダに出てみる。真夏のはずなのに爽やかな風が頬を撫でた。雨ざらしの二層式洗濯機を横目に、耳を澄ますと、虫の音と目の前に広がる広大な林を揺らす風の音だけが聞こえた。右手の奥はさらに森といってもいいような木々の塊となっており、月明かりが照らしているはずなのに真っ黒な塊に見えた。あそこは高いコンクリートの壁に囲まれた自衛隊の駐屯地のはずなのに。

ベランダの柵に手をかけて、下を見てみる。団地を囲っていたコンクリート塀はなく、当然、この夏に襲来した台風のせいで壊れたコンクリート塀の欠片もなかった。所々石が積まれ、目の前の道が254と呼ばれる道なんだろうなぁと漠然とだが理解した。

しばらく眺めていると、街道の右手から小さな灯りが見えた。それはどうやら時代劇とかで見る提灯で、3つの灯りがゆらゆら、その後ろから複数の人が歩くザッザッという音が聞こえてきた。

洗濯機の影に隠れて息を潜めていると、うっすらと姿が見えてきた。暗い色の着物を着た男が5人ほどが提灯を片手に歩いてきた。いわゆる農民ぽい服装だった。特に特長もなく、印象はうすい。
やがて、男たちが私のすぐ目の前を通り過ぎようとするとき、一人の男が立ち止まってこちらを指さしているのが見えた。私は、慌てて洗濯機の影に身を潜める。するとこんな声が聞こえた。「なんだ?」「なーん?」「空に何かいたわー」「カラスかー」「んーー?」ちょっと間延びした声。やがて、男たちが私の前を通り過ぎた。

と、一人の男が振り返り、目があった。相手の男はギョッ!とした顔をして、「わ、わらしじゃ!」と小声で仲間たちに叫ぶ。残りの男たちも振り返り、私を見上げるようにして目を丸くした。私はふいに見つかった恐怖で動けない。

「わらしじゃ!」「ほんとうにでよった!」「●●●じゃあ、ぼんさん(坊さん?)えらいわ!」男たちが一斉にしゃべるのであまりよく聞こえなかったが、どうやら私の姿に驚いているらしいことはわかった。同時に彼らが別に私に危害を加えないということも何となくわかった。

私は、こわごわと立ち上がると、おずおずと手を振ってみた。すると、「おおー!」「てぁふりおった!」「おーおー!」と、男たち。すると一人が手に持っていた提灯をひとつ地面において、「●●●ほしけりゃ、これやるぞー」と、何となく節をつけて声をだした。釣られるようにして男たちが声を揃えて「●●●ほしけりゃ、これやるぞー」。男たちはその不思議な歌のような言葉を唱えながら、ゆっくりと来た道へと戻っていく。男たちの声も足音もやがて聞こえなくなり、私の目の前には、ペタンコになった提灯がひとつ残され、弱々しい光を発していた。興奮冷めやらぬ私は、しばらくその蝋燭を眺めていた。するとどこからか、一匹のタヌキが辺りをキョロキョロと見ながら、提灯に近づいてきた。(私ははじめ犬だと思ったが)

ふと私と目があった。だけどタヌキは特に興味もなさそうに、提灯の周りをウロウロ。風が弱々しい蝋燭の火を消した。ふっと闇が広がる。蝋燭を凝視していた私は、急に真っ暗になって驚いたが、それもすぐに月明かりに慣れてくる。ぼんやりとした視界には、タヌキがいて、そのタヌキが蝋燭を器用にくわえているのが見えた。タヌキは蝋燭をくわえたまま、ささっと目の前の藪の中に走っていった。

辺りが静寂に包まれる。

しばらく洗濯機に寄りかかりながら、空を眺めた。

月がいままで見たことがないくらいに大きく見えた。
すごくきれいだなぁ…。
・・・・・・・・。

ふと、懐かしい自動車の音。まぶしさに目を開けると青い空が見えた。

私はベランダで洗濯機に寄りかかりながら寝ていたらしい。私は、ぼーっと昨日の夜のことを思い出し、とりあえず両親にこの話を聞いて欲しいと思った。部屋に戻ると当然両親は寝ていた。ゆすり起こして、この夜の不思議な出来事を話したかったが、下手に起こすと父も母もものすごく怖いので、それはためらわれた。仕方なしに、私は両親が起きるのを待った。しばらくして、父が起きてきた。私はトイレに行こうとする父の手を取り、昨日の不思議な話をまくし立てた。しかし、6歳の子どもにあの不思議な出来事を順序立てて話すことは難しく、結局、「夜にどうろが木になってて、タヌキがロウソクを食べてた!」という話に落ち着いたように思う。父は、そうか。とだけいうと、眠たそうな顔をして、顔を洗っていた。

この不思議な話を私は、数日間、繰り返し両親に話したのだが、いかんせん通じない。やがて、私はあの不思議な出来事を記憶の底に沈めることになった。

この記憶が再び記憶の底から引き上げられるのは、練馬を離れて数年後、小学六年生くらいになってからだ。本屋で立ち読みした、オカルト雑誌「ムー」の『タイムスリップ』特集記事だったと思う。私は、「ああ、そういえば…」と、懐かしく思ったものだ。

この話は、これでおしまい。特にオチもないのだけど、これが嘘のようで本当にウソの話なのだからしょうがない。そう、しょうがないのだ。
スポンサーサイト

テーマ : オカルト・ホラー
ジャンル :

北京五輪に思うこと

北京オリンピックが閉会しました。

日頃、興味のなかったマイナーなスポーツも、国際試合という真剣勝負のもと見てみると非常に面白く、そして感動的でした。
北島の2冠、女子ソフトボールの劇的な金、伊調姉妹の姉妹愛など、真剣にスポーツに打ち込む姿は本当に感動的でした。お家芸といわれた柔道や、プロが乗り込んだ野球などでは結果がでなく、少し残念でしたがこれもしょうがないことです。実力伯仲の世界大会では、わずかな気のゆるみや不運が勝負を左右することも珍しいことではないでしょう。とにかく、五輪に出場したすべての国と地域の人々にお疲れ様と言いたいですね。

と、とりあえず当たり障りのない感想を述べたあと、少し気になったことを。

まずは、グルジア情勢が大会期間中にあれほど緊迫したというのに、日本のマスコミはほとんど報道しなかった事実に強い違和感を覚えました。あまりのマスコミのスルーっぷりに、大した問題ではないのではと思われそうですが、欧州では、トップニュースがグルジア、次にオリンピックだったそうです(伝聞情報です)。グルジア問題は、米ソ冷戦の第二幕とも、下手をすれば欧州大戦の引き金にもなりかねない問題です。(ちなみに個人的にはロシアの強硬姿勢ばかりを非難する気はなく、米国が裏にいるグルジア側の侵攻にも相当問題があったと思います)

つぎに、5月に発生した四川大地震の被害者への言論封殺やチベット族への弾圧、東トルキスタンのウイグル族への弾圧といった中国の人権侵害をほとんど問題にしなかった日本のマスコミ。東トルキスタンの問題は、テロ犯の所属する地域というような報道の仕方が散見されましたが、事実はそんな単純ではありません。彼ら東トルキスタンの人々もチベットと同じように、1949年の中華人民共和国の成立と同じくして、占拠され、独自の文化(もともと回教徒が多い地域です)を否定されている人々です。

さて、上記に見るように今回も日本のマスコミは、自分たちに都合のよい情報ばかりを伝えるという、バランスの欠いた報道をしていました。その原因をいくつ挙げると、

視聴率主義。とにかく視聴率を上げることに執着し、社会的な大問題となりえる、グルジア問題や中国の人権問題などは、視聴率の稼げないネタとして切り捨てられていた。

中国への過大な配慮。日本のマスコミは、共産国家中国での放映を手に入れるために、今回のオリンピックに限らず、中国共産党と秘密の記者協定を結んでいます。これがいわゆる1964年に約束された「日中記者交換協定」と呼ばれるもので、要は、「中国政府(中国共産党)に不利な言動を行なわない・日中関係の妨げになる言動を行なわない・台湾(中華民国)独立を肯定しない。そうすれば中国での(制限付きの)取材をさせてやる」という約束事です。日本のマスコミは、とうの昔に、人々に真実や多角的な視点を提供するというジャーナリスト精神を捨て去っていたわけです。

自由と人権を、国家の(厳密には共産党の)繁栄のためには、切り捨てる中国。そして、その中国の言いなりとなっている日本のマスコミが、オリンピックの熱狂の裏側にあったことを忘れてはいけないと思います。

なお、国際ジャーナリスト団体「国境なき記者団」は、23日までに、北京五輪期間中に中国当局から拘束されたり、暴行を受けたりした外国人記者が少なくとも22名以上に上がると発表。さらに北京在住の人権活動家50人以上も自宅軟禁下に置かれたり、北京からの追放されたと発表しました。国境なき記者団は、「中国は五輪開催が決定したとき、五輪期間中の報道の自由を公約したが、結局は守られなかった」と批判しています。

読書感想 「ハサミ男」(殊能将之)読んだよ~。 

■「ハサミ男」殊能将之(しゅのう・まさゆき) 講談社ノベルズ

古本屋で買った9年前の小説。第十三回メフィスト賞受賞作であるミステリ小説「ハサミ男」。これは面白い。あらすじは、こう。

少女を絞殺し、死体に鋭いハサミを突き立てる連続猟奇殺人犯は、マスコミから「ハサミ男」と呼ばれた。第三の殺人を犯すため入念に下調べする「ハサミ男」の目の前に、何故か獲物のはずの少女の死体。しかも、その喉には銀色のハサミが突き立てられていた。おかしい、殺ったのは私じゃない。「ハサミ男」は、計らずしも真犯人を捜す羽目に…。

シリアルキラーが探偵役、というだけでイロモノぽい雰囲気が漂うが、読んでみるとあっと驚く叙述トリックを使った良質のサスペンスであること気づく。

一応、「叙述トリック」を簡単に説明すると、小説という形式が持つ、暗黙の了解や言葉が持つイメージ、社会の常識なんかを利用したトリックということになるかな。たとえば、俺という一人称を使っていた犯人が実は女性だった。作中の時間と場所があえてバラバラである。人間たちの会話だと思っていたら実は猫たちの会話だったなどなど。

以前2chで読んだ、非常に優れた叙述トリックにこのようなものがある。

> 「おい、まだかよ?」
> 俺は、女房の背中に向かって言った。どうして女という奴は支度に時間が掛かるのだろう。
> 「もうすぐ済むわ。そんなに急ぐことないでしょ。…ほら翔ちゃん、バタバタしないの!」
> 確かに女房の言うとおりだが、せっかちは俺の性分だから仕方がない。
> 今年もあとわずか。世間は慌ただしさに包まれていた。
> 俺は背広のポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
>
> 「いきなりでお義父さんとお義母さんビックリしないかしら?」
> 「なあに、孫の顔を見た途端ニコニコ顔になるさ」
> 俺は傍らで横になっている息子を眺めて言った。
> 「お待たせ。いいわよ。…あら?」
> 「ん、どうした?」
> 「あなた、ここ、ここ」女房が俺の首元を指差すので、触ってみた。
> 「あっ、忘れてた」
> 「あなたったら、せっかちな上にそそっかしいんだから。こっち向いて」
>
> 「あなた…愛してるわ」女房は俺の首周りを整えながら、独り言のように言った。
> 「何だよ、いきなり」
> 「いいじゃない、夫婦なんだから」
> 女房は下を向いたままだったが、照れているようだ。
> 「そうか…、俺も愛してるよ」こんなにはっきり言ったのは何年ぶりだろう。
> 少し気恥ずかしかったが、気分は悪くない。俺は、女房の手を握った。
> 「じゃ、行くか」「ええ」
>
>
>
> 俺は、足下の台を蹴った。


えー、こういう文章を説明するのは興ざめなんで、詳しくは書かないけど、「田舎へ帰省」する家族の幸せな一場面を書いているようで、実は…という文章です。一度読み終わった後に、もう一度読むと、結構ゾクゾクします。
「…ほら、翔ちゃん、バタバタしないの!」とか、「いきなりでお義父さんとお義母さんビックリしないかしら?」とか、俺は傍らで横になっている息子を眺めて言った。とか、「あなた、ここ、ここ」女房が俺の首元を指差すので、触ってみた。とかとか、改めて読むと、人間の先入観がいかにいい加減かを思い知らされて痛快です。(話は超ブラックですが)

さて、話を戻して「ハサミ男」です。この「ハサミ男」も上記にあるような叙述トリックで読者をまんまと騙します。当然、二度読みすれば、“あえて”違和感のあるセリフや露骨なヒントが隠されているからたまらない!
古い作品ではあるけど、これは傑作だと思いました。古本屋で105円。これだから読書はやめられない!



テーマ : 読書
ジャンル : 小説・文学

みんな忘れてないかい?

オリンピックもいいけどさ、みんな忘れてないかい?中国で行われているチベットでの侵略行為、東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)での侵略行為、四川大地震で着の身着のままの村人たち。こっちもみんな絶賛現在進行中よ?

暇なので嘘をついてみる ~南の蟻の話~

第二次世界大戦の末期、記録では1943年、物資を届けるために太平洋を行く米の補給艦が、途中小さな島を発見した。目視で南北3km程度の小さな島であったが、小高い丘と美しいサンゴ礁が印象的な島だった。

補給艦の艦長は、予定よりも三日ほど早く航行していることもあり、船員の労をねぎらおうと、島で一日のんびりと過ごすことを提案した。すぐさま乗組員はボートで島へ渡り、皆、思い思いの時間を過ごした。

そんな船員の中で、昆虫の研究者でもある軍医が、大きな蟻塚を発見した。高さ6mほどもある蟻塚で、宿主である蟻は、ぶ格好なくらいに頭の大きな、体長2cmほどの新種の蟻らしいことがわかった。

1947年、戦争が終わり、昆虫の研究者でもある元軍医は、再びその大きな蟻塚を持つ蟻の観察と研究をすることにした。

・蟻塚は、島に12あり、草食性の白い蟻が6つ、雑食性の黒い蟻が5つ持っており、残りひとつは使われていなかった。

・白い蟻は、蟻酸という酸をスプレーのように尻から放出し、天敵である野鳥などを撃退する。

・黒い蟻は、蟻酸を持たないが強靱なアゴで獲物を仕留めることができた。

・白い蟻と黒い蟻は、生活圏を共有していなかったが、ひとたび交わると激しく争うことが確認された。

・白い蟻も黒い蟻も、仲間同士のコミュニケーションは体から出される化学物質(当時は知られていなかったが、おそらくフェロモン)が主だが、アゴをカチカチと鳴らす音や、足で刻むリズムでも会話をしている可能性がある。


興味深いこの蟻たちの観察と研究が2ヶ月ほど過ぎた頃、蟻塚の一部を剥がし、内部を観察することになった。そして、このふたつの蟻が、当時の、いや、現代の常識をも覆す、非常に特殊な生き物であることがわかった。

・白い蟻は、尻から噴出させるスプレーのような蟻酸を、より正確に敵に向けて放つため、蟻酸を発射する尻の機関に葉っぱでできた栓をして、その強弱をコントロールしていた。

・黒い蟻は、自分たちのアゴの下にある種のセラミックを塗りつけ、強度を補強していた。

・さらに白い蟻、黒い蟻の両方とも魚の骨を“加工”したと思われる武器、または蟻塚を効率よく作るための“道具”を有していた。

・蟻塚の南側の太陽が当たらない面(南半球なので)を“段々畑”のようにして、彼らの食糧となるキノコの一種を“栽培”していた。

・白い蟻の蟻塚には、2mほど離れた場所に別の小さな蟻塚があった。調べると、寿命や戦闘で死んだ蟻たちが集められ、生きた白い蟻たちは、仲間の死骸に島に咲く美しい花を“供え”、その回りをグルグルと回るという、“弔い”としか思えない行動をとった。

・黒い蟻の蟻塚にも、同じように小さな蟻塚があり、しかも死んだ仲間は、その蟻塚の中で、“火葬”されていたことがわかった。火は、蟻塚の窓についた水滴をレンズに、太陽の熱を集め、枯れ葉を燃やし、亡骸を燃やすというものだった。また、白い蟻と同様に死骸の回りをグルグルと回るという、“弔い”としか思えない行動をとった


この驚くべき蟻たちのことを元軍医は早速本国で発表しようとするが、執筆半ばで事故により死亡。その研究成果は散逸した。

しかし、この軍医は本当に“事故死”したのであろうか。

彼と共に島で研究をしていた二人の弟子はこの島でのことを誰にも話さなかったというが、そのうちの一人が、酒場での与太話として上記のような信じられない話と、元軍医の死因について話をしている。

「この不思議な蟻たちは、どうやら独自の言語(コミュニケーション)を持ち、巧みに道具を加工、使用し、畑を耕し、死んだ仲間に花を供えて弔い、そして、火を使う…。この蟻たちは、当時の宗教界にとって、共産主義よりも恐ろしいものだったろう。なぜなら、神が創りたもうた知性ある生き物は、俺たち人間だけのはずだから。だからな、あいつらは先生(元軍医)の研究を闇に葬ろうとして…」

余談だが、第二次世界大戦後、太平洋上ではアメリカによる複数回にわたる原爆実験が行われたが、その場所こそが、かの蟻たちが住んでいた島であったという。

さらに余談だが、弟子はこんなことも言っている。

「12の蟻塚のうち、海に一番近かった蟻塚は、何故か一匹の蟻もいなかった。彼らの蟻塚を調べると、中から大きな葉や倒木をくりぬいた“船”のようなものをいくつか発見した。もしかしたらあいつらの仲間はすでに…」

1947年、南の島での嘘のような本当にウソな物語。


テーマ : オカルト・ホラー
ジャンル :

赤玉通信「ぶっとく、そしてふわふわもこもこに」

中途半端に忙しいと何にもやりたくなくなるのな。ムチャ忙しいとうっぷんを晴らすかのようにテキスト打ちまくるのだが。

さて、割り箸で支えを作って10日ほど。いやー、成長しました!長さ20m、太さも5m程度の割り箸がいまではこんなに太くなりました。って、支柱かよっ!(>ノリツッコミって文字だと難しいね)。

夏の陽射しがまぶしいトマト
(クリックでトマトちゃん)

トマトちゃんの割り箸支柱作戦は成功のようです。やはり、プラスチック容器の直接の熱さや、無風状態の室内が成長を阻害していたという読みは、当たりだったと言うことでしょうか。
わずか10日ほどで割り箸の支柱ではトマトちゃんを支えきれなくなり、100円ショップで購入した本格的な支柱を支えに大きくなっております。
だいたい10日で10~12cm伸びるね。ってことは、なにか、1ヶ月で30cm、3ヶ月で90cm、5年で18m、50年で180mってことか!?ヤバイ!俺のトマトでご近所がヤバイ!ここいら一帯が青臭くなる!医者も青くなる!とりあえずキラートマトじゃなくてよかった。

あとどうでもいい話なのだが、トマトの葉っぱには産毛のような毛が生えており、これがとてもかわいい。ふわふわもこもこマニアな私としてはこれだけで御飯三杯はいけます。

とにかく種植えの時期が遅かったので、どうなるか心配なのですが、がんばって育てていきたいと思います。

テーマ : 家庭菜園
ジャンル : 趣味・実用

ぽ~にょぽにょぽにょ~♪

トイレに入り、用を足していると同僚が隣に立った。

「最近、どうよ?」
「ん~?まあ、ぼちぼち」
「俺、最近、ポニョがさぁ…」
「あー、ポニョがどうしたって?」
「いや、ポニョの調子が悪くてさぁ」
「なんだよ、病気でももらったのかよ」
「やめてくれよ、ポニョから膿みなんてでない」
「じゃあポニョがどうしたって?」
「いやぁ、夜がなぁ、元気ないんよ、ポニョ
「あらら、嫁さんもガッカリだな」
「もう、三十半ばだしな…」
「まだ、三十半ばだろ…」

同僚は大げさにため息をついた後、チャックを上げた。

互いに手を洗いながら話を続けた。

「お前、朝とかちゃんとポニョってる?」
「俺?俺は元気に朝ポニョしてるよ」
「うらやましいねぇ、俺は最近、ポニョらんのよ」
「まあ、ポニョっても使い道ないけどな」
「それでもうらやましい。俺はまったくポニョらんから」
「仕事のストレスかね?」
「かもねー、自覚は無いけど(笑)」
「じゃあ、家庭のストレスか(笑)」
「かもねー、嫁とも5年目だしねー」
「ふーん、独身の俺にはわからん話だ」
「なー、今週末、新宿あたりでポニョらね?」
「俺は病気が怖いからポニョらんよ」
「そういわずに、たまにはポニョろうぜ」
ポニョらん、ポニョらん」

そうこう言っていると、個室の扉が開いた。
部長のさかなくんだった。

「ぎょぎょぎょ!!キミの奥さん、まぐろですかー!?」

同僚は、無言でこぶしを振り上げた。

テーマ : 映画ニュース
ジャンル : 映画

最近の記事
500色の空
プロフィール

ねこさむらい

Author:ねこさむらい
猫をこよなく愛する天才こぴーらいたーが、トマトを育てたり、本を読んだり、自分でもよくわからない自身を分析したりするよ! で、現在、無職になっちゃった!? 絶賛再就職活動中ですわ!!

Twitter→ @catomato

カテゴリー
月別アーカイブ
最近のコメント
最近のトラックバック
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。