北京五輪に思うこと

北京オリンピックが閉会しました。

日頃、興味のなかったマイナーなスポーツも、国際試合という真剣勝負のもと見てみると非常に面白く、そして感動的でした。
北島の2冠、女子ソフトボールの劇的な金、伊調姉妹の姉妹愛など、真剣にスポーツに打ち込む姿は本当に感動的でした。お家芸といわれた柔道や、プロが乗り込んだ野球などでは結果がでなく、少し残念でしたがこれもしょうがないことです。実力伯仲の世界大会では、わずかな気のゆるみや不運が勝負を左右することも珍しいことではないでしょう。とにかく、五輪に出場したすべての国と地域の人々にお疲れ様と言いたいですね。

と、とりあえず当たり障りのない感想を述べたあと、少し気になったことを。

まずは、グルジア情勢が大会期間中にあれほど緊迫したというのに、日本のマスコミはほとんど報道しなかった事実に強い違和感を覚えました。あまりのマスコミのスルーっぷりに、大した問題ではないのではと思われそうですが、欧州では、トップニュースがグルジア、次にオリンピックだったそうです(伝聞情報です)。グルジア問題は、米ソ冷戦の第二幕とも、下手をすれば欧州大戦の引き金にもなりかねない問題です。(ちなみに個人的にはロシアの強硬姿勢ばかりを非難する気はなく、米国が裏にいるグルジア側の侵攻にも相当問題があったと思います)

つぎに、5月に発生した四川大地震の被害者への言論封殺やチベット族への弾圧、東トルキスタンのウイグル族への弾圧といった中国の人権侵害をほとんど問題にしなかった日本のマスコミ。東トルキスタンの問題は、テロ犯の所属する地域というような報道の仕方が散見されましたが、事実はそんな単純ではありません。彼ら東トルキスタンの人々もチベットと同じように、1949年の中華人民共和国の成立と同じくして、占拠され、独自の文化(もともと回教徒が多い地域です)を否定されている人々です。

さて、上記に見るように今回も日本のマスコミは、自分たちに都合のよい情報ばかりを伝えるという、バランスの欠いた報道をしていました。その原因をいくつ挙げると、

視聴率主義。とにかく視聴率を上げることに執着し、社会的な大問題となりえる、グルジア問題や中国の人権問題などは、視聴率の稼げないネタとして切り捨てられていた。

中国への過大な配慮。日本のマスコミは、共産国家中国での放映を手に入れるために、今回のオリンピックに限らず、中国共産党と秘密の記者協定を結んでいます。これがいわゆる1964年に約束された「日中記者交換協定」と呼ばれるもので、要は、「中国政府(中国共産党)に不利な言動を行なわない・日中関係の妨げになる言動を行なわない・台湾(中華民国)独立を肯定しない。そうすれば中国での(制限付きの)取材をさせてやる」という約束事です。日本のマスコミは、とうの昔に、人々に真実や多角的な視点を提供するというジャーナリスト精神を捨て去っていたわけです。

自由と人権を、国家の(厳密には共産党の)繁栄のためには、切り捨てる中国。そして、その中国の言いなりとなっている日本のマスコミが、オリンピックの熱狂の裏側にあったことを忘れてはいけないと思います。

なお、国際ジャーナリスト団体「国境なき記者団」は、23日までに、北京五輪期間中に中国当局から拘束されたり、暴行を受けたりした外国人記者が少なくとも22名以上に上がると発表。さらに北京在住の人権活動家50人以上も自宅軟禁下に置かれたり、北京からの追放されたと発表しました。国境なき記者団は、「中国は五輪開催が決定したとき、五輪期間中の報道の自由を公約したが、結局は守られなかった」と批判しています。

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